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恐怖と暴力と支配

 

怖いという感覚がわからない。

わからないというと語弊があるし、

自分の中にも勿論、「怖さ」は存在している。

 

相当アタマがおかしいとか

人の気持ちが少しもわからないと

面と向かって言われたことがあって

きっとそうなんだろうなと思う。

だから知ろうとするまで

怖さで追い詰めていたことに気付きもしなかった。

 

でも本当に怖いということがわからなくて

子供の頃からずっと考えている。

ただ歩いているだけで

恫喝されたり暴力を振るわれたりすることが多くて

それを嫌だなと感じることはあっても

怖いと思うことはなくて

所謂、他人から受ける外因的な怖さというものが

あまり実感できない。

だから考えるし、知りたいと思う。

 

本当は訊いてみたかったし、

話して一緒に考えたかったし、

考えてみて欲しかったけど、

話すというレベルにまで到達できなかった。

連絡が来ることすら

恐怖心でいっぱいでパニックに陥るということだったから

どうしようもない。

そこまで追い詰めていたのは僕のせいだけれど

連絡が来るだけで怖いと感じる心理を

理解できるとは思わないけど知りたいとは思う。

 

50歩100歩の馬鹿げた例えで罪を逃れたいわけじゃないし、

自己弁護をしたり責任逃れをしたいわけでもないけど、

キレはしたけど直接的な暴力は振るわなかったし、

怒声や罵声を浴びせたりもしてはいない(と思う)

受けた側からすればそんな直接的な直線的な話ではなく

恐怖を味わったんだから結果的には同じことだというのはわかる。

だから怖いしまたキレられたらと考えると

今までと同じように一緒にはいられないから

離れたいと思うのも頷ける。

それで別れを選ぶのも仕方がないとも思う。

会うのを怖がったりするのはフラッシュバック的に

状況や光景を蘇らせるから恐怖が持続する可能性もわかるし

声を聞くのも同じような反応を起こす切っ掛けにはなるから

話ができない(したくない)という流れもわかるんだけど、

メールやラインなど連絡が来るだけで怖い

ましてやパニックを起こすほど怖いって感覚が

どうしてもうまく飲み込めない。

だから知りたい。

 

何が怖くて、どう怖いのか、怖さの本質がわからない。

そんなこと考える必要ない、ただ怖いんだって言われたらそれまでだけど

好きの本質を考えていたみたいに

怖さの本質や種類についても考えてみて欲しかった。

怖さを与えたのが僕なのは確かだし、原因も僕にある。

キレてしまう理由は僕にはあったけど

キレなきゃならない必要はなかったのも

冷静になった今なら痛いほどわかるし

理由も僕にしかないものだから、

やっぱりクズみたいな自分の我慢のなさや癇癪が原因だけど

失う怖さが止めきれずに、

迷子になった子供が泣き喚くのと同じような感情の流れで

感情が暴発してしまったことは

本当に謝っても謝りきれないし悔やんでも悔やみきれない。

 

別れの怖さの原因はそれだとしても

怖さの起因は僕だけのことなのか

トラウマに由縁するものなのか訊いてもみたかった。

逃げ隠れて暮らしてるって言ってたし、

我慢に我慢に我慢を重ねて暮らしてるみたいなことも言っていたから

何から逃げて何に追われているのか

カウンセリングにも通ってるみたいな雰囲気だったけれど

立ち入ったことを聞いていいのかわからなかったし

なんとなく聞かないようにしてしまったことを後悔している。

それで回避できたこともあったはず。

 

好きな人は本来は聡明で理解力もあって頭の良い人だけれど

ひとりっきりだと不安で暗くて狭い思考に陥り

連鎖的に反射的に悪い考えや過去の出来事が連想されてゆく人だから

今ももしかしたら一人で引き摺って悪いものに飲まれて

激しい思い込みで思考を停止させてしまっているのかなと

考えてしまうこともある。

それでも、それも自分に都合のいい考えだなと思う。

話をする中で「頭いいね」とか「そんなの考えつかなかった」とか

気付くことも多い人だったから

ちゃんと話せる機会が持てたら

二人で考えて乗り越えられたような気もするのだけれど、

話すっていうレベルにもステージにも立てないから

こればっかりはどうしようもない。

 

別れた日は気を使って気丈に振舞って

頑張って我慢して耐えてくれてのことだったのだなと

今なら思うけど

ぎゅってしてくれて、

「○○ちゃん」と恋人のままいつも通りに呼んでくれて、

手も握ってくれて、

「もっと話せばよかった」と言ってくれてたので

少し時間をおいて冷静になれれば

怖さも多少は落ち着いてもっと話せると思っていたし、

去り際に「もし私が……」って微笑みながら言いかけてやめてたけど、

本当は「もし私が怖くなくなったら、また」って言おうとしてくれてたんじゃないかって

勝手な都合のいい考えだろうけど

そう思って、その笑顔に救われていたから縋っていたけれど、

次の日に荷物を取りに来た時には

僕を犯罪者でもあるかのように避けて逃げて尋常ならざる怯え方をしてたのは

今思い出しても胃のあたりが冷たくなって吐きそうになる。

それから連絡がくるだけでパニックに陥るほど今でも恐怖心に支配されてるってことが

ショックで、家を出てから次の日に荷物を取りに来るまでの間に

いったいどうしてそこまで怖くなってしまったのか心の流れがわからなくて

僕はそこが納得できなくてずっと考えているけれど

お前が納得するかどうかなんて関係ないし必要もない

ただただ怖いんだってことなんだろうな。

そこを知りたいと思うけれど、知る術も今ではないから

こうやって考えて書き続けてみるしかない。

 

僕が怖いのは「好き」がなくなることで

好きな人がいなくなることがこの世界で最も怖いことだったから

怖さから発狂するぐらいに感情を爆発させてしまったけれど

彼女はその数億倍怖くて、それが継続して持続してるってことを

僕はどうしたらわかるんだろう。

僕が生きてる感情の中で一番強くて大きなのが「好き」って感情と感覚だから

それを全て破棄して軽く凌駕するほどの「恐怖心」って何なのか

どうしても知りたいって考えてしまう。

そんなことをいつまでも考えてることがすでに怖いんだよってことなのかな?

 

好きだから、不安なことも、嫌なことも、許せないこともある。けど、好きだから、好きだから、大事にしたい。私の好きなひとに、あったかいしあわせが、長く長く、ずっとずっと、続きますように。

と、言ってくれたことを思い出す。

なんどもなんども想い出してしまう。

僕には好きだから許せないことはないけど、

好きなひとに、あったかいしあわせが、長く長く、ずっとずっと、続いて欲しいって願う気持ちは

僕も同じだから、二度と連絡はできない。

 

この日記はずっと好きな人のこと、好きな人とのことを書いているけれど

好きな人に宛てて書いてはいない。

僕がどう思って何を感じて考えていたのか知らないだろうから、

いつか読まれたら嬉しいとは思う。

きっと届かないだろうなあ…

 

怖いってことについては、きっとずっと考えてると思うから。

その都度、書いたりしたい。

 

でも、何をどうやっても好きな人は好きなままだし、

きっとずっと好きなんだろうなとも思う。

好きな人をただ好きなままでいてはいけないのかな?