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スクラッチみたいに今日も生きるのさ

 

相変わらず足に痛みはあるけど、

ロキソニンの効果なのか

単純に回復に向かっているのか

判別はできないが

激痛ってほどではなくなったので

歩いてカーテンを開けた。

今日は良い天気です。

 

眠くなる成分のおかげが

痛みが少し薄らいだおかげなのか

少しだけ眠れた。

彼女の夢を見た。

ただ一緒に歩いてるだけの

そんな夢。

でも、とっても幸せ。

幸せが起きた後も

身体の中に残っている。

 

それで、宝くじで100万円が当たったら

会えるんじゃないかって期待したりする。

お金に目が眩むとかそういう話じゃなく、

あの日に話した夢の話が正夢になるみたいに。

願掛けをしたくなる。

 

結局は彼女のことしか、彼女のことだけしか

考えてない、考えたくない日々が続いてる。

 

肝心なことを肝心なときに話せない。

それはもしかしたらお人形だということに

繋がっているのかも。

言葉にしても意味がない、無駄だって諦めてるのかも知れないし

言葉にすることで被る被害に恐怖して口を噤むのかも知れない。

言葉を飲み込む度に好きなひとは

心を殺して身体の中に空っぽの穴を

どんどん開けてるんじゃないかと想像すると

悲しくなる。

信用できるのは母親だけだと言っていた。

でも家族の中にあれば

家族同士親兄弟は仲良くしてほしいという願いを

持つものなんじゃないかなと想像できる。

我慢して我慢して我慢して我慢して暮らしてる中で

味方であるはずの母からも遠巻きな重圧があるとすれば

本当に息が詰まってしまえばいいと感じるほど

息が詰まる毎日を家の中で送っているのではないだろうか。

とても心配になる。

仲良くする気はないだろうけど、

仲良くしない選択肢も彼女を苦しめ傷付けるのかも知れない、

そんな八方塞がりの生き場所も居場所もない中で

小さく身体を縮めて息をしてる好きなひとの精一杯の

生きる姿を想像すると本当に抱きしめたくなる。

毎日よく頑張ってるね、偉いね、

我慢しなくていいんだよって。

 

僕はそのことともっと真剣に

向き合わなければならなかったし、向き合いたかった。

別れの日に揉めたときも

好きなひとが言葉にするのを最後まで

きちんと辛抱強く待つべきだったし待てたはずだ。

自分の醜い嫉妬と詮索に溺れて目の前が見えなくなって

本当に大事にしたい大切にしなければならないひとを

見失って見えなくしてたなんて本当に愚かとしか言いようがない。

バカだよね、無理なのはわかってるけど許してほしい。

ごめんね。

 

事故って意味じゃなく車に気を付けてることも

ここでは詳細は書かないけど

危険を感じて毎日歩かなければならない状況や

心理的危機感みたいなものを

もっともっと僕は理解すべきだったし理解したい。

そこも恐怖心に影響してるんだろうと思うし、

不自由さを感じてる要因にもなってるんだろう。

連れ出してあげたい、守ってあげたい。

本当に今なら絶対に間違わない。

 

恐怖心って本当に何なんだろう?

そこにどうしても考えが返ってしまう。

 

今日もまだ安静にしてないといけないから

ゆっくりじっくり考えてみよう。

それでも今日は日記を書くのに不便じゃないくらいには

元気だから。

 

[音楽]『ぼくの』たむらぱん


ショートバージョンしかないのか……。

ぶつからないようにすれ違って

見つめ合わない目で何を見るのさ

こんなんじゃ一生 互いのことなんて

考えあう余裕はもう無いに等しいな

 

ずっと前からそんなこと考えていたぼくは

期待を込めて ハローハローハロー

ドラマチックな展開を望む気なんてまるでない

ありがちな話でも笑えればいい

 

どうか目の前で 笑ってよ

ぼくを飛び越してかないでよ

振り返ってしまうんだよ ハローハロー

もっとつぶやいて 耳に触れ

ぼくはまだここにいるんだよ

いつまでも

 

求めても望んでも

満たされないのがオチだけど

大切にしていたいよ

ただ この日々を

 

だから手に触れて 掴んでよ

ぼくをなき者にしないでよ

呼びかけてしまうんだよ ハローハロー

もっと見つめていて 髪に触れ

ぼくはまだここにいるんだよ

忘れないで お願い お願い

 

 

グッドアイデアなんてのは

考えても出てこないのかも知れないけど

考え続けよう。

午後も晴れやかで

なんかいいことが待ってるかもしれないんだし、

ぼくの大好きな大切なひとに

たくさんの素敵やいいことが起こることを

願っているよ。