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遺書

 

遺書を書いた。

遺書? 遺言?

死んだ後にして欲しいことの指示的なもの。

今すぐに死ぬというわけじゃないけど、

いつ死ぬのかわかんないとも思う。

正直に言って、今の自分は怖い。

死にたいとかですらなくなってしまっている。

生きることにも死ぬことにも興味がないというか

頓着がなくなってしまった。

駅のホームで知らないオバさんに腕を掴まれて

初めて自分が線路に身を乗り出そうとしてることに気付いた。

そのくらい自然に「今」みたいな瞬間があって、

くしゃみとか咳とか貧血とか鼻血みたいな

咄嗟というか発作みたいなもので

軽くスイッチが押されてしまって

自分では止めようがないし無意識の状態なのだと思う。

魔が差すっていうのかな。

そういう感じになっていて、

本当に怖いと思う。

だから、一応、

念のため遺書を書いておくことにした。

 

死んだ後に家族にお願いすることじゃないし、

死んだ後にこんな迷惑をかけて

家族に辱めを与えるのもどうかと思うのだけれど、

指示って言っても簡単で、

彼女に借りたお金を返してあげて欲しいってことだけなんだけどね。

たぶん、僕からの連絡だとメールも読まれないし、

電話にも出てくれなければ留守電を聞いてもくれないだろうから、

きっと徒労に終わらせてしまうとは思うけれど、

それでも借りたモノを借りたままにしておくのは気が引ける。

連絡が来ることで恐怖を味あわせてしまうのは申し訳なく感じるけど、

お金は大事だからね、可能なら返したいって思う。

本当は死んだことも知らせる必要はないけれど、

お金のことはクリアーにしておきたい。

それなら生きてる時にって思うけど、

どのみち連絡はできないからね。

万が一にも留守電を聞いてくれて、

それが僕からじゃなく僕の家族からだったら

連絡は着くかもしれないし。

死んだ理由は適当に事故だとか風邪を拗らせたとか

誤魔化してもらうしかないかな。

変に気を使わせてしまったり、

責任を感じるようなことだけは避けて欲しいから。

 

まあ、そのぐらいのことです。

 

見ていたアニメのセリフで

綺麗なものが好きな子の胸の中には、綺麗なものが入っているのよ

というのがあって、

好きなひとの中には綺麗なものだけが詰まっているのだろうなと想うし、

だから、きっと彼女自身もとても綺麗なんだろうなって想う。

僕は綺麗なものがそんなに好きではない、たぶん。

自然の空気、温度、色、音、味、小さな季節の瞬間を感じること

それを大切にして綺麗だと想える彼女を綺麗だと想う。

僕にとっての綺麗なものは好きなひとだ。

僕が目を閉じて一番きれいだと想うのは恋人で、

二番目はイヴ・タンギーの絵だ。

そのことは嬉しく想う。

僕にとって綺麗なものはそれだけでいい。

僕の好きな綺麗なものはそれだけで満たされる。

本当に。

 

僕は本当に自分のことが嫌いで、大嫌いだ。

人の目に触れたくない。

顔も何もかも全部ほんとうに嫌いで焼いてしまいたい。

人の気持ちがわからないから、

僕はなにかおかしいのかな。

無視していないけれど、人から無視するなよって良く言われる。

母からも無視しないようにと酷く嫌味を言われ注意される

けれど、いつ無視したのか僕には見当が付かない。

そういうことが多々ある。

大人になっても社会に出ても、無視するなって言われるけど、

無視した気はしていない。

それに笑っていると、何を笑ってるんだって言われて、

笑わないと空気が読めないって言われる。

笑うのが嫌だ、人前で笑うのが怖い。

笑っている自覚はないけど、笑ってるんだろうか?

だから、人を不愉快にさせるのかな、

だから、人の気持ちがわからないって言われるのかな。

僕は笑うのが怖い、笑われることより怖い。

恋人は、そんな僕を「せっかく可愛いんだから笑いなよ」って言ってくれた。

僕は自分の顔が嫌いで、笑うと怒られることを知ってるので、

自分の顔は本当に醜くて不細工で人を不愉快にさせるんだと思っていたから、

恋人だけでも僕を「可愛い。かっこいい。」って言ってくれて

それが本当に嬉しかったし、救いだったなって想う。

ありがとう。

こんな僕を好きになってくれて。

 

趣味が合うわけでも好みが似ているわけでも

価値観が近いわけでもないけど

それでも何を話しても面白くて

話すってことが本当にとっても楽しかった。

こんな経験も初めてだった。

趣味が合わなければ会話は弾まないと想ってたから。

会話するってこと自体がこんなにも楽しいのだと初めて知った。

それも恋人の魅力だと想う。

電話するのも楽しかったな、すっごく。

初めは本当に緊張したけど、とっても、とっても、嬉しかった。

今、想い出しても、しあわせで、胸がいっぱいになる。

特別なことなんてしなくても時間が、あっと言う間に過ぎて

何も話さなくても一緒にいられることだけで

心から安心して、楽しくて、満たされていた。

これが、しあわせってことなんだなって想う。

本当に、ありがとう。

 

この日記は見られていると憶測できるけど、

結局は憶測でしかない。

仮に憶測が当たっていたとしても、

何で見ているのか見られているのか皆目見当が付かない。

目的もなく見続けているのだろうか。

怖いから見ている?

好きだから見ている?

ただの定点観測?

本当にわからないことだらけだ。

彼女のことを考えているとわからないことだらけで

知らないことばかりだなって想う。

もっと知りたい、話したいって想う。

恋人がこの日記を見ている理由が、

良い兆しであることを願いたい。

でも、もしも良い兆しなのだったとしたら、

何のリアクションもないのは変だから、

やっぱり見られていないか、良い兆しでも何でもないかの

どちらかだろうって考えて

結局は何もわかんないってところに戻ってしまう。

 

取り返しがつかないことをしたのは確かに僕だけど、

でも、後戻りできなくなってるのは彼女の方なんじゃないかって想うこともある。

自分で別れを切り出して決めて意地になって

ただ引っ込みがつかなくなってしまっているだけなんじゃないかなって。

もっと素直になって単純に考えたらいい。

好きなのか、好きじゃないのか、単純なこと。

僕は、いつまでも待っているから。

いつでも連絡をください。

  

じゃないと、いや、これは勝手なイメージの話だな。

けど、気になって日記を何度も見ることが、

怖いからって理由だとは思えない。

それは、好きだから、気になるんじゃないのかな。

って、想うけど、気になってるのか、見てるのかってことも憶測でしかないからな。

本当のところは何もわからない。

 

時間が解決してくれる問題ではないのかも知れないけれど、

時間が経って僕は本当に彼女のことを好きで

恋人のことだけを心から愛してるって気付く。

想い知らされる。

時間が経っても、どんどん好きになるし、

自分でも呆れるほど、嫌んなるぐらい、

すきなひとを想って、

好きなひとが、好きで、好きで、どうしようもないって想う。

恋人は、たぶん、もう怖いままなんじゃないと予測できる。

怖さや恐怖心が、そこまで持続も継続もするとは思えない。

それは嫌な記憶の反復であって、怖いままでいるのとは違う。

だから、それは、きっと、新しく生まれ変わらせることができるはず。

 

今ならもっと全然違う付き合い方ができるし、

もっと、もっと、しあわせにする自信がある。

 

口の中で何度も「愛してる」と告げる。

声にしたら、一瞬で溶けてしまうから。

でも、溶けた言葉がじんわりと拡がって

彼女の身体に浸透していったらいいのに。

何度も溶けて染み込んで積み重なって、

そうして築いていった言葉や想いが

まだきっと蒸発し切らずに残っていると想う。

それはきっと想い過ごしじゃないだろう。